2003年に発見されたトルキ山古墓。副葬品の多くは唐の遺風を感じさせ、その質の高さは被葬者が第一級の皇族クラスであることを示しています。
※ 内蒙古文物考古研究所蔵(3点とも)

2羽のオウムが舞う鏡と豪華な鏡箱。箱に嵌め込んでいた玉や貴石のいくつかはすでに失われていますが、これはプリンセスが長く愛用したことを物語っています。


トルキ山のプリンセスがはめていた指輪。浮き草と魚を彫り込んだプレートに、一匹の蛙。蛙は女性主人の臣下を象徴するもの。細かな彫金技法が生み出した逸品です。

10世紀初頭の契丹プリンセス。生没年不詳。お墓におさめられた豪華な副葬品から、契丹国の初代皇帝耶律阿保機に近しい皇族女性と考えられる。阿保機の妹ユルドゥグ公主との説も。
契丹第5代皇帝を祖父に持ち、18歳という若さで亡くなったプリンセス・陳国公主。生前身分が高かったため、最高級の墓に埋葬されました。

金製の腕輪で、2点とも陳国公主の右腕につけていたものです。左腕にも同じような腕輪をつけていました。プリンセスの手がうごくたびに、きらびやかな輝きを放ったことでしょう。
※ 内蒙古文物考古研究所蔵
(3点とも)
中には紅、白粉を納めた小さな銀の壺が入っていました。陳国公主が使うための化粧品と思われ、埋葬の際に彼女のそばに副葬されました。若き草原のプリンセスも、おしゃれは最大の関心事だったのでしょう。



公主とは、皇位継承の一族につらなる女子のこと。父は5代皇帝景宗の二男。夫は仁徳皇后(6代皇帝聖宗の正妻)の兄簫紹矩(しょうしょうく)。契丹国の黄金時代とされる聖宗の治世1001年に生まれた。イスラムガラスや中華の茶器を愛する新しもの好きのプリンセス。18歳の若さで亡くなった。
仏教を信奉した契丹王朝。章聖皇太后が建てた白亜の塔に納めた極彩色の奉納品から、その信奉の篤さがうかがえます。草原の中に輝く白塔は、わずか2年で完成し、契丹の国力が豊かであったことを示しています。
※ 巴林右旗博物館蔵(3点とも)


白塔の奉納品のうち、中核をなすのがこの銀製鍍金の塔。側面には白塔の発願者である章聖皇太后とおぼしき人物を表しています。塔の頂上には一羽の鳳凰。その立ち姿はわが国の宇治平等院の鳳凰にも通じます。


第6代皇帝聖宗(耶律文殊奴)の元妃(第2夫人)。正皇后である斉天皇后(仁徳皇后)を自殺に追い込む。皇位継承にあたって謀略をたてたとして5年間幽閉生活をおくる。幽閉がとかれたあと、慶州場内に聖宗を供養するための白亜の仏塔(釈迦仏舎利塔)を建てた。

















